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第4章 勉強より、ちょっと変な遊び — 動きながら考える脳のつくり方
椅子に座らせるほど、脳は育たない
少し挑発的な話から始めます。
「うちの子、勉強する習慣をつけさせたくて」
「とにかく机に向かう時間を増やしたくて」
教育熱心なご家庭で、もっとも多く聞く言葉です。
そして、これが半分正解で、半分大きな勘違いです。
たしかに、子どもが机に向かって何かを覚えたり、解いたりする時間は、認知資本の中の「知識」を増やすのに役立ちます。
ですが、認知資本の中でも、もう一段深いところにある「実行機能」と呼ばれる力は、机の上ではほとんど育ちません。
実行機能とは、「自分の脳を、自分でコントロールする力」のことです。
集中する、切り替える、我慢する、計画する、ワーキングメモリを使う。
これらは、本書の前半でずっと話してきた「コンディションの中身」そのものです。
そして、この実行機能は、「動きながら考える」場面で最もよく育ちます。
椅子に座らせて、ひたすらドリルをやらせる。
これは、知識を入れる訓練としては有効でも、実行機能を伸ばすトレーニングとしては、もったいない時間の使い方なのです。
「動き+認知」の同時負荷が、脳を変える
ここで、ひとつのキーワードを覚えてください。
「動き+認知」の同時負荷。
体を動かしながら、同時に頭で何かを考えている状態。
このとき、脳は、ふだんの何倍ものスピードで、新しい神経の回路をつくります。
座って計算する。これは「認知」だけ。
ただ走る。これは「動き」だけ。
走りながら、暗算する。これが「動き+認知の同時負荷」です。
人間の脳は、もともと座って情報処理するように設計されていません。
私たちの祖先は、動きながら獲物を追い、地形を読み、仲間に合図を送って暮らしていました。
動きながら考えることは、脳にとっての自然な状態なのです。
これを応用した運動学習プログラムが、ドイツで開発され、世界各国で導入されています。
名前を「ライフキネティック(Life Kinetik)」と言います。
(本書では1冊全体を通して、ライフキネティックを「動きながら考える遊び」の代表例として、1度だけ名前を出しておきます。詳細を知りたい方は巻末の参考リンクからどうぞ)
サッカードイツ代表が取り入れて成績が上がった、というニュースで聞いた方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、これは特別なアスリートの話ではなく、もともとは子どもと高齢者の脳機能を育てるためにつくられたものです。
家庭でできる「変な遊び」3つ
特別な道具も、教室通いも、いりません。
家庭でできる「動き+認知」の遊びを、3つご紹介します。
リビングと玄関の間の、わずか1.5メートルの廊下でできます。
遊び1:右手で円、左手で三角を、同時に描く
紙とペンを2本、用意します。
両手にペンを持ちます。
そして、右手で円を、左手で三角を、同時に描いてみてください。
たぶん、できません。
途中で右手も三角になってしまう、もしくは左手が円になってしまう。
これは、左右の脳の連携、専門的には「脳梁(のうりょう)」というところを使う遊びです。
脳梁は、左右の脳をつなぐ太い神経の束で、ここが活性化するほど、頭の回転が速くなります。
最初の1週間はほとんどできません。
でも、毎日1分やると、3週間後にはできるようになります。
そのとき、お子さんの脳の中では、新しい神経のつながりが、確実にできています。
遊び2:数を数えながら、スキップで色を言う
これは、リビングから玄関までの廊下を使います。
スキップしながら、進みます。
そして同時に、こう言います。
「1、赤」「2、青」「3、黄色」「4、緑」「5、紫」…
スキップという「動き」、数を順番に数えるという「短期記憶」、毎回違う色を出すという「ワーキングメモリ」。
3つの作業を、同時にやっています。
これも、最初は数が止まったり、足が止まったりします。
動きと言葉が同時にいかない。
これが、まさに前頭前野が筋トレされている瞬間です。
慣れてきたら、難易度を上げます。
「1、赤、犬」「2、青、ねこ」のように、3つ目に動物を入れる。
家族でやれば、誰が一番うまくいけるかゲームになります。
遊び3:逆さまじゃんけん
これは、家族でできる遊びです。
普通のじゃんけんを、負けたほうが勝ち、というルールに変えてみてください。
「じゃんけん、ぽん!」
「あ、グー出した、私はチョキだから…えーと、私の負け、つまり勝ち!」
頭が混乱します。
これも、前頭前野の中の「ルールの切り替え」を担当する部分が、激しく動いています。
5分間、家族でやるだけで、お子さんの頭はいつもより柔らかくなります。
そして、笑いが起きます。
笑いも、実は脳の最強のコンディショニングです。
「真面目に遊ぶ」が、いちばんの近道
ここで気づいてほしいことがあります。
ここまで紹介した3つは、ぜんぶ「遊び」です。
机に向かう必要も、教材を買う必要も、ありません。
ただし、真面目に遊ぶことが必要です。
「真面目に遊ぶ」というのは、いい加減にやらない、ということです。
3週間、毎日5分、家族で集中して取り組む。
適当に1回やって「やったよ」と言って終わらせるのとは、まったく別物です。
私たちUNLOCKは、「真面目に遊ぶ、真面目にふざける」という言葉を、組織の合言葉にしています。
これは、子どもの脳資本を育てるときにも、ぴったり当てはまります。
塾や教材で「真面目に勉強する」のもいい。
でも、家庭の5分で「真面目に変な遊びをする」ほうが、ずっと安く、ずっと早く、子どもの脳の根本を育ててくれます。
笑いと、脳のつながり
ひとつ補足です。
今ご紹介した「変な遊び」3つには、共通点があります。
やっているうちに、必ず笑いが起きることです。
これは偶然ではなく、設計です。
笑いが起きると、脳から快感をもたらす物質(ドーパミンなど)が出ます。
すると、その時間に学んだことが、脳に定着しやすくなります。
さらに、家族の関係性、社会資本も同時に育ちます。
「叱りながらドリル」を1時間やるより、「笑いながら変な遊び」を5分やるほうが、子どもの脳資本にとってはずっと有益、ということです。
これは、私たち親にとってもいい知らせです。
脳のために、もっとがんばらなくていい。
むしろ、もっと家族で笑う時間を増やしていい、ということです。
運動が苦手な小5、リョウくんの話
ここまでの遊びを聞いて、こう思った方もいるかもしれません。
「うちの子、運動が苦手で。スキップなんて、たぶん嫌がる」
そう感じる方にこそ、聞いてほしい話です。
小学5年生のリョウくん。
体育の成績は、いつもクラスでいちばん下のほうでした。
走るのが遅い、ボール投げが下手、跳び箱が苦手。
本人も、「ぼくは運動センスがないから」と、自分で諦めの言葉を言うようになっていました。
ご両親は、その諦めの言葉がいちばん心配でした。
スポーツが上手くなってほしいわけじゃない。
ただ、何かを諦めたままの目で5年生を過ごしてほしくない。
そこで試したのが、家での「右手で円、左手で三角」でした。
最初の日、リョウくんは2分でできるようにならず、不機嫌になって部屋に行ってしまいました。
ところが、お父さんが翌日「お父さんもできなかった」と告白したそうです。
「お父さん、結局昨日30分かかった。お前のほうが速かった」
リョウくんは、ぽかんとした顔をしたあと、ちょっと笑いました。
それから毎晩、家族で1分だけ、両手で違う図形を描く遊びを続けました。
1週間で、リョウくんはお父さんよりずっと先に、両手の動きが分かれてきました。
3週間後には、家族の中でいちばん速くなっていました。
その頃、リョウくんが学校から帰ってきて、こうつぶやいたそうです。
「最近、なんか黒板の字、ノートに写すの速くなった気がする」
体育の成績は、そのままです。
跳び箱も、相変わらず苦手です。
でも、リョウくんの頭の中で、何かが確実に動き始めていました。
そして、本人もそれを、自分の体感で気づいていました。
「ぼくは運動センスがない」という諦めの言葉が、半年後、自然と聞こえなくなりました。
代わりに「あの遊び、誰かと勝負したい」と言うようになりました。
「変な遊び」のいいところは、こうです。
運動が苦手な子でも、すぐ上達が見える。
体育の100m走では、1ヶ月でタイムが大きく伸びることは稀です。
でも、両手で違う図形を描く遊びは、1週間で目に見えて上達します。
この「自分の脳が、確かに変わっている」という体感が、子どもにとって何より貴重です。
それは「ぼくは変われる」という、すべての学びの根っこになる感覚だからです。
スポーツの才能を伸ばす本ではない、というのも、ここの話に繋がっています。
「変な遊び」が育てるのは、運動神経ではなく、自分の脳を信じる力なのです。
「学校のあと」の時間設計
最後に、平日の夕方の時間設計をひとつご提案します。
これまで、多くの家庭では、夕方の時間配分はこうなっていたはずです。
- 帰宅、おやつ:15分
- 宿題:60分
- 習い事や自由時間:60分
- 夕食、お風呂:90分
- 就寝準備:30分
これを、こう変えてみてください。
- 帰宅、おやつ:15分
- 「変な遊び」5分(家族でやる)
- 宿題:30分(時間を半分にしても、コンディションが整っていれば終わります)
- 自由時間、家族の会話:60分
- 夕食、お風呂:90分
- 第3章の「21時の儀式」:30分
たった5分の「変な遊び」を入れただけで、宿題時間が半分になります。
そして、その5分の遊びが、第2章でお話しした認知・情動・社会の3つの資本を、同時に育てています。
時間の総量は変わっていません。
でも、子どもの脳が育つ密度が、別物に変わっています。
この章のまとめと、今日の1アクション
机に向かう時間を増やしても、子どもの「実行機能」は伸びません。
脳の根本の力は、「動きながら考える」遊びの中で育ちます。
今夜、もしくは今週末、家族で5分だけ「変な遊び」をやってみてください。
- 右手で円、左手で三角を同時に描く
- 数を数えながらスキップで色を言う
- 逆さまじゃんけん
3週間続けたご家庭では、子どもの「目の動き」が変わってきたという声をよく聞きます。
頭の回転の速さは、目の動きに出てくるからです。
そのときには、もう体感で違いがわかるようになっているはずです。