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第5章 叱り方も褒め方もいらない、必要なのは"親の脳コンディション"
金曜の夜、夫の一言で爆発した話
私の妻が、ある夜にこう話してくれたことがあります。
ある金曜の夜のことです。
一週間の疲れがピークでした。
仕事で嫌なことがあって、それを引きずったまま帰宅した夜。
リビングのテーブルでは、子どもがおもちゃを散らかしっぱなしにしていて、私(夫)はソファでスマホを見ていました。
私が、何の悪意もなく、こう言いました。
「ごはん、なに?」
ふつうの一言です。
ふだんなら、まったく気にならない一言です。
その夜の妻は、爆発しました。
「自分で考えて!」と、必要以上に大きな声で言って、台所のドアを必要以上に強く閉めました。
リビングの空気が、凍りました。
子どもが、こちらを心配そうに見ていました。
私は、何が起きたかわからない顔をしていたそうです。
「私が悪い」と、妻はその夜後で自分を責めていました。
でも、その瞬間の妻の中には、自分を止める力が、本当に1グラムも残っていなかったのです。
親の前頭前野は、24時間営業ではない
ここで、第1章でお話しした「前頭前野」が、もう一度登場します。
集中する、我慢する、感情を抑える、計画する。
これらの「自分を整える」働きを、すべて担っているのが、おでこの裏側にある前頭前野です。
そして前頭前野は、脳の中でいちばん疲れやすい部分です。
朝、起きたばかりの前頭前野は、エネルギー満タンです。
人にも優しくできます。
子どもの「ねえ、お母さん、見て見て」に、笑顔で応えられます。
ところが、仕事で何度も判断を求められ、人間関係に気を遣い、メールに返信し、会議で意見を出し、そういう「決める」「我慢する」「合わせる」を繰り返すたびに、前頭前野は確実に消耗していきます。
そして夜、家に帰ってきたあなたの前頭前野は、ほとんどガス欠です。
そこに、夫の何気ない一言が落ちる。
子どもの宿題のやらなさが目に入る。
前頭前野が万全なら、流せた刺激です。
でもガス欠の前頭前野には、それを抑えるエネルギーが、本当に残っていないのです。
つまり、その金曜の夜の妻の爆発は、性格の問題でも、夫(私)が悪いのでもなく、親の前頭前野が枯渇していただけだった、ということです。
これは、自分を許すための事実です。
責めるためではなく、見直すための事実です。
親のコンディションが、家の空気を決める
ここで、子どもの脳の話に戻ります。
子どもの脳には、「ミラーニューロン」という、他人の感情を映し取る神経の仕組みがあります。
親の表情、声のトーン、姿勢を、ほとんど無意識のうちにコピーしています。
つまり、親が落ち着いていれば、子どもの脳も落ち着いてきます。
親がイライラしていれば、子どもの脳もイライラを学習します。
これは怖い話に聞こえるかもしれません。
「私の機嫌が、そのまま子に伝染してしまうのか」と。
でも、逆に言えば、こうも言えます。
親が自分の脳を整えれば、子どもの脳も整いやすくなる。
子どもに「整いなさい」と説教する必要は、ありません。
親が自分のコンディションを整えるほうが、何倍も速く、子どもに伝わります。
ここに、子育ての最も効率のいい近道があります。
子の脳を整えるための、親の3つの余白
「整える」と言われると、なんだか追加のタスクが増える気がします。
ヨガに通う、瞑想する、丁寧な暮らしをする…。
そういう話ではありません。
むしろ逆で、ここでお話しするのは、親の生活から何かを引き算する話です。
3つの引き算を、提案します。
全部やる必要はありません。1つから、です。
余白1:1日15分、何も決めない時間をつくる
家事と仕事と育児の合間に、15分だけ、何も決めない時間を、自分にプレゼントしてください。
家の前のコンビニまで歩く。
近所をぐるっと一周散歩する。
ベランダで空を見る。
お風呂に長めに浸かる。
スマホは持たない。耳にイヤホンも入れない。
ただ、外気か、お湯か、空の色か、何かに身を委ねる時間です。
これは、前頭前野を休ませる時間です。
脳科学では「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれる、ぼんやりした状態のときにだけ活性化する神経のネットワークがあります。
ここが動くと、心の整理が進みます。
たった15分です。
1日のうち、たった1%です。
それだけ自分に渡せれば、夕方の自分は、ぜんぜん違う人になっています。
余白2:スマホを置く食卓
家族で食卓を囲んでいる時間に、家の中のすべてのスマホを、別の場所に置いてみてください。
冷蔵庫の上、玄関の棚、寝室。
どこでもいい、視界から消す場所に。
食事の30分間だけ、スマホがない世界に家族全員でいる。
これだけで、お互いの表情が見えるようになります。
今日あった話を、自然と話すようになります。
子どもは、親が自分に向けるまなざしを、何より欲しがっています。
そして、その欲しがりを満たせない罪悪感を、私たちはずっと抱えてきました。
スマホをひとつ置くだけで、それが半分以上解決します。
完璧な親になる努力より、30分だけスマホを置くほうが、はるかに即効性のある親孝行です。
余白3:夫婦(または同居の大人との)5分会話
これは、いちばんハードルが高く、いちばん効くものです。
毎日5分でいい。
夫婦で、もしくは同居の大人(おじいちゃん、おばあちゃん、パートナー、誰でも構いません)と、子どもの話ではなく、自分たちの話をしてください。
「今日、何が楽しかった?」
「最近、何が大変?」
「今、何にイライラしてる?」
子どもの教育の話、家計の話、明日の予定の話は、別の時間にします。
この5分は、「夫婦」の脳のコンディションを整える時間です。
夫婦のコンディションが整うと、家族の空気が整います。
家族の空気が整うと、子どもの脳が整います。
順番は、いつも、こちらからです。
「うちは夫があまり話さないから」という方も、よくいらっしゃいます。
そういう場合、最初は「今日のニュースで気になったこと」など、軽い話題から始めてください。
5分でいいので、目を見て、話す。
これを1ヶ月続けると、夫婦の脳のミラーニューロンが、お互いを学習し直します。
シングルマザー、ナオコさんの「3分の独り言」
ここまで「夫婦」の話を中心にしてきましたが、家族の形は人それぞれです。
ひとり親で、すべてを背負って毎日を回している方も、たくさんいらっしゃいます。
そういう方にこそ、ここでお話しすべき事例があります。
ナオコさん、40歳。
小学2年生の娘さんと2人暮らしの、シングルマザーです。
仕事はフルタイム。
朝5時起き、保育園送り、出社、お迎え、夕食、お風呂、寝かしつけ。
夫婦の5分会話の相手は、ナオコさんの生活には、いません。
「整った親」という言葉が出てくる本を読むと、ナオコさんは少しだけ、悲しい気持ちになるそうです。
余白を作れと言われても、その余白を作るための手が、自分には足りない。
ところが、ナオコさんは、ある工夫を編み出しました。
それを「3分の独り言」と呼んでいます。
夜、子どもを寝かしつけたあと、自分も布団に入る直前、お風呂上がりの3分間。
洗面所の鏡の前で、自分に向かって、自分自身と会話するのです。
「今日、何が一番大変だった?」
「明日、何が一番気が重い?」
「いま、私、何にイライラしてる?」
声に出すこともあれば、心の中で問いかけることもある。
そして、自分で答える。
「今日は、夕方のお迎えのバスを2本逃したのが、いちばんしんどかった」
「明日は、月曜のミーティングが憂鬱」
「いまは、娘がパジャマを3回脱いだことに、ちょっとカチンと来てる」
ただそれだけ。
誰にも聞かれず、誰にも責められず、自分の中身を自分で言葉にする3分。
「夫婦の会話の代わりにはなりません」とナオコさんは言います。
「でも、私の前頭前野は、3分間でも自分の話を聞いてもらえると、ちょっと回復するみたいです」
これは、心理学で「セルフ・ダイアログ」と呼ばれる、有効性が確認されている手法でもあります。
人は、自分の感情を言葉にした瞬間、その感情の強度が下がります。
「いま私はイライラしている」と言葉にすると、イライラそのものが少し収まる。
これは、感情を司る扁桃体と、言語を司る部位の連携で起きる、シンプルな脳の仕組みです。
第5章で紹介した「3つの余白」のうち、第3の余白「夫婦の会話」は、必ずしも夫婦である必要はありません。
「自分の中身を言葉にする時間」さえ、毎日3〜5分、確保できれば、その目的の半分以上は達成されます。
同居の大人がいない方、夫婦の会話が機能していない方、忙しすぎて時間が取れない方。
洗面所の3分から始めてみてください。
鏡の中の自分は、夫より、ずっと辛抱強くあなたの話を聞いてくれます。
「いい親」より、「整った親」
ここまでの話を、別の角度からまとめます。
私たちはずっと「いい親」になろうとしてきました。
本を読み、セミナーに出て、専門家のアドバイスをノートに書き、それを実践しようとしてきました。
そのほとんどが、続かなかった。
なぜか。
「いい親になる」というゴールは、いつまでも到達できないからです。
比較する相手も、見本の親も、際限なく見つかります。
インスタを開けば、「もっといい親」が無限にいます。
代わりに、こうゴールを書き換えてみてください。
「いい親」になろうとするのをやめて、「整った親」を目指す。
整った親は、いい親より、ずっと到達しやすいです。
今夜寝る前に何かをひとつ整えれば、明日の朝の自分は整っています。
それだけです。
整った親のもとには、整った子が育ちます。
これは、私たちの体感ではなく、ミラーニューロンと前頭前野の発達の科学です。
「ちゃんとした子に育てなきゃ」を、「今夜、ちゃんと自分を整えよう」に書き換える。
それだけで、子育てが少し、軽くなります。
自分を責める時間を、減らす
最後に、もうひとつ。
この本を読んでいるあなたは、たぶん、相当真面目な親です。
そうでなければ、こんな本を手に取りません。
その真面目さは、強みです。
同時に、自分を責める材料に使われやすい。
「私はちゃんとできてない」
「私は、なんてダメな親なんだろう」
「子に申し訳ない」
こうした自己批判の時間が、1日に30分でもあったとします。
その30分、あなたの前頭前野は、自分を攻撃する作業に使われています。
子どもに向ける優しさのエネルギーが、そこで消費されてしまいます。
自分を責める時間を10分減らせば、その10分が、子どもへの優しさに変わります。
これは比喩ではなく、神経のエネルギー収支の話です。
「私はもう十分やってる」と、寝る前に一度、口に出してみてください。
最初は嘘っぽく感じます。
でも1週間、毎晩続けると、不思議と本当のことのように、自分の中で着地してきます。
そこから、子の脳のコンディションも、変わり始めます。
この章のまとめと、今日の1アクション
子の脳を整えるには、親の脳を整えるのが、いちばんの近道でした。
親のための「3つの余白」のうち、ひとつだけ、今夜から始めてみてください。
- 1日15分、何も決めない時間
- スマホを置く食卓
- 夫婦の5分会話
そして、寝る前にもうひとつ、口に出してみてください。
「私は、もう十分やってる」
これも、明日のあなたの脳資本になります。